2013年9月22日日曜日

【北京2日目】4/13(金)、旅2日目

【北京2日目】4/13(金)、旅2日目
朝6:00に目が覚めた。というより、ドミなので誰かが必ず目覚ましかけてて、2、3人の目覚ましが鳴ってた。
疲れも全くなく体調も普段通りで朝7:00に京華飯店を出た。
よくわからなかったけど“北京駅”と書いてあるバスに乗った。
1.5元(≒25円)という安さで30分くらい走った。
途中、歩道橋でたこ揚げしてるおじさん達がいた。

北京駅について、うろうろして食堂でめしくった。
食堂の中を三輪自転車が当たり前のように通り過ぎて行ったのがおもしろかった。
空港に行くのでバス停を探して道を歩いていると公衆電話が鳴った。
受話器を取った。
○!□?・・・・」「○☆☆$□・・・」ガチャッ。
何言ってるのか全くわからなかったので電話を切った。
なんで公衆電話が鳴るのかわからない。
オレが切ったらまた鳴ってた。

誰も受話器を取ってなかった。

バスで11:30空港についた。
バスの中で韓国人の宝石マンとずっと話をした。
5年前から北京にいて単身赴任だそうだ。
降りるときにアドレスを交換した。
空港で無事2万円戻ってきて安心した。
市街に戻るバスでドイツに9才から住んでる22才の中国人の若者と話をした。
ドイツの写真を見せてくれた。 とてもきれいだった。
西安に行くらしい。
オレはバスを西単で降りて天安門に行った。

上からの天安門広場の眺めはテレビで見たのと同じだった。
あたりまえ。
でもテレビの光景が目の前にあるのが不思議な感じ。
紫禁城は広く、同じ建物ばかりですぐにあきた。
でも、出たくてもなかなか出れなかった。
迷子になった。

やっとの思いで外に出て道を歩いているとおじさん達が中国風の将棋に夢中になってる。 バシバシ強打の連続。
やってる2人も見てる人達も非常にうるさい。すごく熱くなってる。
おじさんが逆転負けしたようでみんな「もったいない」と言う感じで笑ってた。でも本人はすごく怒ってた。
路上にはイスひとつでやってる床屋もあった。
道歩いてる方が楽しくて金もかからない。

北京№1の繁華街に行って大きなデパートに入った。
吉野家があったので入った。並10.9元(160円)。
牛丼と鶏丼の2つがメインで鶏丼の方が売れてた。
このデパートに来る前、屋台でカエルの串フライ売ってた。
虫とかすずめ(?)の串も売ってた。
生臭いにおいが服についてとれない。

大通りを歩いてバスに乗り、バス停から人力車に乗って19:00にホテルに帰ってきた。
交渉して7元で乗ったけど7元では安いと思うほど遠かった。
夜、外をぶらついた。
近くの広場でみんな歌に合わせてダンスしてた。
楽しそうだった。
歩くと床屋がメチャクチャ多かった。
やっぱり将棋やってるおじさんも多かった。
22:00になるとどこも暗くなって人も急に少なくなった。

【北京1日目】4/12(木)、旅1日目

【最初の中国(北京、上海、昆明)編】
【北京1日目】4/12(木)、旅1日目
朝7:00に起きて、8:00に所沢の家を出発した。
池袋9:33発の成田エクスプレスで11:00に空港についた。
いつ日本に戻るか決めてないから航空券は片道。
成田14:55発だから早く着き過ぎた。
イラン航空。
飛行機に乗るとき、中国人の女の人がイラン人と間違えて話かけてきた。彼女はおれの旅のことを心配してくれて、話をたくさんしてくれた。
降りるときには名刺までくれた。

乗った瞬間、別世界というか日本、中国、イランが入り乱れていて楽しかった。
飛行機の中では隣の席がイラン人親子。
母と娘デズレイちゃん5才。
離陸前にアメをくれた。
それから仲良くなった。
絵が得意で飛行機の中でたくさん描いて説明してくれる。
うれしかった。
飛行機が離陸中、オレは気持ち悪かったけど、彼女は全然平気。
一生懸命、絵の説明を続けてくれた。
2時間半、絵、ディズニーの歌、イランのご飯の食べ方、などたくさん教えてくれる。
彼女は、埼玉の小川に住んでいる。
ピアノと新体操を習っている。
オレのことを「リョーくん」と呼んでくれる。
とにかく楽しいフライトだった。最後の1時間は3人とも疲れて寝てた。

18:00に北京の空港に着いた。
空港の自動両替機で日本円を人民元に両替しようとした。
両替機が調子悪く2万円機械に入って出てこなくなった。
明日、また空港に行かなくちゃいけなくなった。
空港からバス1時間、西単というバス停でおりた。
市内についた。
すぐタクシーの客引きがきた。
50元で京華飯店に連れて行ってくれると言ってた。
1泊25元の宿に50元のタクシー代を払って行く気はない。
何とかして道歩いてる人に聞きながら次のバス停についた。

最後に道を聞いたおばちゃんは逆方向から歩いてきたにもかかわらず、20分くらい戻ってオレにバス停教えてくれた。
話もはずんでたくさん笑ってた。
バスでまた15分くらい走った。
バス代払おうと思ったけどムチャクチャ混んでて、いつ払っていいのかわからなくて、タダ乗りしてしまった。
降りてから歩いて5分くらいで目的地の京華飯店に到着(22:00)。

ドミに入ると20人部屋に5、6人日本人がいた。
夜寝るときオレは半そでだった。
「よく寒くないね」って言われたけど、となりの欧米人のおやじは全裸で寝てた。

つづき⇒【北京2日目】4/13(金)旅2日目

【まえがき】

【まえがき】
2001年春に大学卒業して中国に旅にでた。
中国へは行ったことないけど、すごく魅力を感じてた。
だから実際に行ってみたかった。
海外にほとんど行ったことなく一人旅はもちろん初めてだった。
何もわからず旅を始めた。

1、2ヶ月中国を旅して日本に戻る予定だった。
金がそのくらいでなくなると思ってたから。

それが結果的に
日本中国ラオスベトナムカンボジアタイマレーシア⇒
シンガポールネパールインドパキスタン中国韓国日本。
アジア11ヶ国を半年かけて旅することになった。

50万円持って出発したけど、金が全然減らない。
だから行けるとこまで旅を続けることにした。
宿代、食費、移動費とか合計して一日平均1000円(飛行機代は別)。
もちろん安宿で食事も安いのばかり食べてた。
北京シンガポールまで陸路。
シンガポールネパールは飛行機。
ネパールインドパキスタン⇒中国は陸路。
パキスタンから陸路で中国の西側カシュガルに入ってそこからカシュガル、トルファン、ウルムチ、西安、上海って中国を横断した。
中国⇒韓国⇒日本は船。

この半年の旅は本当に忘れられない。

オレが「必ず中国に戻って自分の仕事をする」って決めた旅。

つづき⇒【北京1日目】4/12(木)旅1日目

【前提条件】

【前提条件】
・大学卒業して旅に出た。
・埼玉県所沢市から出発(実家)。
・旅の経験
海外経験ほぼなし
(高校の時、アメリカに団体旅行で行ったことが一度だけある)。
一人旅はもちろん初めて。
・現地でコミュニケーション取ってる言葉
中国では中国語。その他の国では英語。
・中国語レベル
ほぼできない。
大学の第二外国語で中国語選択したけど勉強しなかった。
旅しながら身につけたり筆談でコミュニケーション。
・英語レベル
大学の時、独学でTOEIC755点取ったけど、実戦経験なし。
・文章
旅しながら毎日書いてた日記をかなりそのまま書いている。
内容が当時の個人的見解だったり、漢字等が間違ってたりする。
旅を始めた頃より途中から面白くなる。
意味がわかりにくい文章は少し加工してる。
で注釈つけてる。
自分でも意味がわからない文章は加工なし。
・中国が好きになった旅。

・手作り感たっぷりの日記。

【目次】アジア11ヶ国2001(日記)

【目次】アジア11ヶ国2001(日記)
日本⇒
中国①4月 ⇒ ラオス5   ⇒ ベトナム5  ⇒ カンボジア6月 ⇒
タイ6     ⇒ マレーシア6月 ⇒ シンガポール7月 ⇒
ネパール7月  ⇒ インド7    ⇒ パキスタン8月 ⇒
中国②89月 ⇒ 韓国9       ⇒ 日本
【中国①(北京、上海、昆明、他)編】
【ラオス、ベトナム、カンボジア編】
【タイ、マレーシア、シンガポール編】
【ネパール、インド、パキスタン編】
【中国②(カシュガル、ウルムチ、西安、上海、他)編】
【韓国、日本。あとがき】

中国①【北京1日目】4/12(木)旅1日目

中国①【北京2日目】4/13(金)旅2日目

中国①【上海3日目】4/26(木)旅15日目

中国①【上海4日目】4/27(金)旅16日目

中国①【上海5日目】4/28(土)旅17日目

中国①【電車の中(上海昆明4/29(日)旅18日目

中国①【電車の中(上海昆明4/30(火)旅19日目

中国①【昆明1日目】5/1(火)旅20日目

中国①【昆明2日目】5/2(水)旅21日目

中国①【昆明3日目】5/3(木)旅22日目

中国①【昆明4日目】5/4(金)旅23日目

中国①【西双版納1日目】5/5(土)旅24日目

中国①【西双版納2日目】5/6(日)旅25日目

中国①【西双版納3日目】5/7(月)旅26日目

中国①【磨憨1日目(西双版納4日目)】5/8(火)旅27日目

ラオス【ルアンパバーン1日目(磨憨2日目)】5/9(水)旅28日目